前回は、田舎、児島、倉敷、岡山について書いたので、今度は東京編となるところだが、
そんなのはつまらないだろから、がらっと話題を変える。
初回は、「金転がし」である。
このタイトルから、今の人々はマネーを何とかして、
金儲けの話と思う訳だが、まるで違う。
小学生のころ、本当に町中に、正しくは村中に将棋板が転がっていた。
いざとなれば、授業中に将棋のコマを作って、適当に線を引いて将棋をする者もいた。
何しろ、大山康晴名人が出たような土地柄であり、囲碁よりも圧倒的に将棋が普及していた。
正式の将棋のことを「本将棋」と呼んでいた。本物の将棋である。
子供だった私は、本将棋ではなく、「金転がし」をやっていた。
名前は地方によって異なるようで、「周り将棋」という方が一般的ではないかと思う。
ルールは本将棋と違って簡単だ。各自のコマを将棋板の外周をぐるぐる回っていくだけだ。
金4枚を振って、表になった枚数だけ進めるのだが、表裏だけでなく、横に立ったり、
普通に立ったり、逆立ちしたりするのを競う。横で5、正立で10、倒立で100だったと思う。
周る駒も1周するごとに、歩→香→桂→銀→角→飛→王の順に昇進していく。
早く王で一周し終えるた方が勝ちである。
細かいルール、独自ルールもあったと思うが、もう覚えていない。
金転がしでは、重要なのは金4枚を上手に振って、何とか駒を立てないといけない。
指先の微妙なテクニックが重要であるが、将棋のように考えることはない。
しかし、なぜかやけに流行っていて、小学校の4年〜6年にかけては、
延々とやっていたような気がする。
このゲームによって得られたものは、指先の微妙な調整能力だけだろう。
ところで、こんなに将棋が盛んな地に育ちながら、なぜ将棋をやらなかったのだろうか。
大学に、同じ市内出身の大山一族の者が在籍しているのが分かり、家まで遊びに行った。
普通の家だったのだが、「将棋をやりますか?」と言われて、「金転がし」とも言えず、
何とか知っている程度の将棋の知識で指したが、一瞬で負けてしまった。
祖父は、夕食を食べ終わると、将棋を指しに毎夜自転車で出掛けていた。
しかし、家ではまったく打たず、教えてもくれなかった。
教えるより自分で楽しむのに忙しかったものと思える。
祖母は早くに亡くなっていて、祖父は寝るときだけは離れを使っていた。
ある日、なかなか祖父が帰って来ない。
あまりにも遅いので将棋道場に電話をしたら、
とっくに帰ったということで、皆で探したら、道路で倒れて亡くなっていた。
趣味の将棋を楽しんで、帰り道に亡くなってしまったのだから、
本望ではなかったのだろうか。
近年、コンピュータ将棋が強くなり、
将棋のトッププロも勝てなくなる日が来るのは時間の問題だ。
仕事柄、研究柄、興味を持っていた分野ではあるのだが、
すでに強くなり過ぎて、私の興味の対象ではない。
ということで、今回は遊び、ゲーム、盤上遊技について書く。