2010/08/27 09:00:00
一人生活の私は毎日の食事、特に夕食は難儀する。
私の奥様台所になってるのがこの「夢風船」である。
夢風船はれっきとした割烹料理屋でマスター(オーナー料理長)の確かな腕を
食する固定ファンも数多い。
特に季節を感じる魚介類、野菜をベースにした煮物、焼き物は銀座の高級料理店を
も凌ぐ味付けである。奥様と二人のアットホームな雰囲気も人気である。
会社関係でもお客様との会食で利用することも多くいつも評判が良い。
何人かは固定客となり偶然ばったり会うことも珍しくない。
私はこの夢風船を別の意味でプライベートに利用させて頂いている。
家庭の味が恋しくなった時ふらりと入りカウンターに座る。
そうすると生ビールグラス一杯と家庭的な食事が盆に載って登場する。
中味はそのときの材料で異なるが食べやすく少量ずつが5品~6品はある。
風邪気味、腹の調子など体調を言えばそれに準じたものが並ぶ。
私の呼ぶ「奥様台所」の所以である。
考えてみれば「食する」とは奥が深い。
TV番組、雑誌も何もかも食べ物特集は人気も高くいろんな角度から「食」を
追求してくれる。
生まれてからほぼ毎日3食必ず実行する一生涯続く事象であり生命維持のみならず
文化としても関心が高くなる。
人生70年として76,650回、平均30分としても38,325時間、4年半は
夜も含め食べ続ける一生である。
良い料理との出会い、良い料理人との出会い、良い店との出会い、そして
料理上手(自分にとって)な奥様との出会いは人生そのものまでも影響する
重要なことと言える。
男性の女性への最大の誉め言葉は、
「この味はお袋を越えた・・・」
と信じる。
では、、、
女性の男性への最大の誉め言葉は・・・・・・
「こんなの初めて・・・・」
?????
2010/08/26 09:00:00
3~4年前まで荒木町の和風ステーキとして一世を風靡した「松の実」があった。
良くテレビの料理番組や街の紹介番組で紹介されたこともあり覚えている方も
あるのでは。
諸般の事情で店は廃業してしまったがそこの料理長(シェフ)が開店したのが
「EiNs ZWEI DREi」
ドイツ語で1,2,3を意味する和風ステーキ屋である。
もろ味ステーキなど松の実時代の味がそのまま味わえるとともに気まぐれなシェフが
選んできた材料でいろんな味が賞味できる。
レディースセットなどリーズナブルな値段で本格的なステーキも味わえるが私は
ここでは注文が許されないし予算も何も言えない。
ただテーブルに座って出された料理を食べるのみ、何が食べたいかも、
肉の焼き具合も指示できない。
これがすごく良い。
あーだ、こーだと注文してたらいつも同じようなメニュー、何の進歩も無い。
10年以上の付き合いのあるシェフが私の顔色を見ながら体調に合わせた料理を
出してくれる。
通常はデザートに本格的な本物の杏仁豆腐があり楽しみにしているがあえて
健康のため出してくれないこともしばしば。
まさに「食の主治医」そのままである。
シェフとは個人的な付き合いも深い。
店が引けた後の荒木町のスナック巡り、シェフが唯一保持する福島は勿来カントリー
での遠方ゴルフ(ほとんどは常磐線の急行)、昔になるが正月には3年連続二人で
バンコクで休暇など想いでも多い。
さて私が本格的なステーキを食べたのは20台半ばの初めての海外出張した
フィリピンでの事。
それまでは豚肉や鶏肉中心の丼モノかぜいぜいトンカツ程度。
とにもかくにも年齢的にも今ではそう食べないが私の中で「ステーキ」は
高級感あふれ海外をイメージする贅沢な食べも物となっている。
2010/08/25 09:00:00
今日は日韓対決をお届けしよう。
まずは日本、曙橋近くに最近オープンした天ぷら専門店「荘司」がある。
これが結構いける。
旨い天ぷらを食するなら銀座の老舗の店かか高級ホテルの店舗かとバカ高い
天ぷら専門店をイメージしていた私だがここでの天ぷらで認識を新たにした。
特に板さんの出身地である東北から送られてくる山菜や野菜系の天ぷらは味が
濃く新鮮でもあり絶品である。
それと注文してから女将さんが炊き始める「炊き込みご飯」、季節のものが
詰まったこのご飯は天ぷらの最後の締めとして欠かせない。
お客様や社員を何人かお連れしたが異口同音に「旨い」を連発してくれる。
無口ながら腕が確かな旦那と明るく愛嬌のある美人女将の二人で仕切っている。
聞けばこの二人は20代の若夫婦。
コンビも絶妙なはずである。
季節感のあるランチもおすすめ、一度食してはいかがでしょうか。
次に韓国代表は荒木町杉大門通りのど真ん中に位置する「ハレルヤ亭」。
韓国の人の良いチャーミングなおばさん二人で切り盛りしている。
私のここでの定番、
・キムチとナムル盛り合わせで生ビール
自動的に韓国定番のセットおかずが3品はついてくる
・チャプチェかチジミ
・骨付きカルビ
・テンジャンチゲ(味噌チゲ)かズンドクチゲ(豆腐チゲ)とライス
週一はこの定番が恋しくなる、ほとんど韓国家庭料理である。
すべて上手いが裏の調理場で焼いてくる「骨付きカルビ」は絶品、本当に
犬みたいに骨だけ残して全て舐めるように食べてしまう。
名物ママ(フロント係り、オーナー?)は韓国の人の良いおばさん風であるが
何度もテレビにゲスト出演している。その関係もあり芸能人が良く来る店でもある。
この韓国家庭料理を食べその後韓国人ママのスナックでカラオケ、客の日本語の
上手い韓国人と話し、家に着いたら韓流ドラマ、
私って一体誰、ここはどこ・・・・・・いつからこんなことになった、、、、、、
世はグローバル社会、いろんな文化を味わってこそのグローバル、
私の道に間違いは無い。
さてキムチであるが私は20代前半の頃悲惨な思い出がある。
貧乏な私はよくスーパーでキムチを買い置きした。
夜中に腹が空くとこのキムチを熱いお茶で食べるのである。
辛い辛い刺激と熱いお茶があいまって口の中、腹の中がとんでもないことになる。
これで空腹感を紛らわすのである。
「お前はキムチ中毒か?」と疑われる位に会社の寮で毎日食した。
今は充分に味わって余裕を持ってビール片手にキムチを食べている。
2010/08/24 09:00:00
荒木町界隈は実に焼肉屋とラーメン屋が多い。
ラーメン屋でいえば一世を風靡し今なを人気が高い「一心ラーメン」、早朝まで
開いている「大勝軒」、最近出店し行列もある「北の大草原」など10店舗以上が
軒を並べる。
私がよく訪れるのは四谷三丁目消防署近くの「ラーメン大陸」、
脂にまみれた漫画と週刊誌、写りの悪い小型テレビそしてちょいとためらうトイレ、
どの街でも見かける昔ながらの風景のあるラーメン屋である。
しかし私にとってマスターは一流、味覚感性に合うのである。
特にお気に入りは餃子。
最近は餃子も様変わり、専門店などのおしゃれな餃子、カラフル化が目立つ。
しかしここの餃子は昔ながらのニンニクを利かせた王道の餃子。
聞けばニンニクは奥様の実家である奄美大島から取り寄せている絶品モノらしい。
本格餃子を堪能したい方は一度は食べる価値がある。
年は私と同じ頃と見る目つきの悪い2枚目風なマスターは大のゴルフファン、
ステディな上手いゴルフをする。
何度か個人的にも、店主催のコンペにも参加しているが私が勝ったためしが無い。
食事での話題はほとんどがゴルフ、言うなればゴルフ師匠の一人でもある。
「酒とタバコは止めた、買うのを・・」と言っては私のビールとタバコを持って
いくが師匠だから文句が言えない。
昔ながらの味で四谷三丁目、荒木町のラーメン激戦区を勝ち抜いて欲しい。
たいていはここの餃子と野菜ラーメン食後に隣の「ウナカンツォーネ」でイタリアン
ワインを片手にカンツォーネを聴きながらナポリの夜にまどろむ。
日伊同盟のこのギャップが、混沌とした文化交流が離れられない新宿荒木町の
魅力の一つでもある。
私には餃子にホロ苦い思い出がある。
私は東京に来るまで世の中に餃子の食べ物があることを知らなかった。
18~19歳の頃、ようやく実現した女性とのデートで中華料理屋に入った。
彼女がいろんなモノを注文したがその中に餃子があった。
「それ何・・?」って聞いてしまった。
「佐藤君、餃子知らないの?」軽蔑も含んだ(・・と思っている)言葉。
彼女とはそれ一度のデートで終わった。
それ以来、餃子憎しで餃子のある店では必ず餃子を注文し強く噛んで食べている。
2010/08/23 12:00:00
こんなことを公には言えないが創業以来曙橋や四谷三丁目付近に当社が
所在するその理由の一つに新宿荒木町の存在がある。
飲食店街荒木町をさまよい続けて20年以上になるがなじめばなじむほど
飽きもなくさらにまだまだ未開拓の店も数多くあり癒しと探究心を満足
させてくれる。
案内し荒木町を好きになったお客様も多く連れ立って闊歩すると話も弾む。
そう簡単にはこの地を離れられるものでは無い。
さて今回の私のブログ当番にあたり常連、なじみ、皆さんが私の名前を出せば
ツケでも何でも聞いてくれそうなお気に入りの店をいくつか紹介しようと思う。
「こくてぃる」
会社の私の仕切りのある部屋に一枚の絵がある。
田んぼで農夫が雑草取りをしている玄人肌のお気に入りの絵である。
毎日眺めては「地道な努力なくしては大きな収穫は得られない」を
教訓としている。
この絵は「こくてぃる」のお母さんが書いて私にプレゼントしてくれたもの。
私はお母さんと呼んでいるが年は私より若干上か、若々しく見える。
さて「こくてぃる」であるが戦後間も無い付近から続くと思われる洋風居酒屋で
ある。
名前の由来、たぶん「カクテル」を日本語読みしたものと想像する。
カウンター10席ほどとテーブル席3つが表玄関、奥の裏側には裏玄関があり
20~30人は充分可能なテーブル部屋もある。こちらは若かりし頃の真野響子と
思われる白黒写真が印象的である。
どのテーブルもカウンターもほとんどいつも賑わっている。
カウンターの棚にはあらゆる洋酒さらに日本酒、焼酎などが所狭しと置いてあるが
私の楽しみはそこらにあるあたり前の食材によるおつまみである。
お母さんが毎日漬けてくる「糠みそおしんこ」「ポテトサラダ」、昔懐かしい
「オイルサーデン」、私のリクエストで作られたワカメと玉ねぎの「健康サラダ」
そして絶品はあの昔喫茶店で昭和40年代に食べた「ナポリタン」である。
このナポリタンは私と同じ世代の人はみんな感動してくれた。
先日この店を紹介してくれた当社顧問税理士のK氏とちょいと一杯で「こくてぃる」
に入った。キープしてあるサントリー角ボトルとおつまみ2品で1時間ほど。
料金1570円、二人でである。
私のゴルフの師匠でもあった初代マスターは数年前病気で死去、いまは息子が
2代目、あとを継いでいる。
この2代目、若いながらもも穏やかで笑みが素晴らしい良い人、常連は増え続け
ている様子。お母さん(もちろん実母)との二人三脚も板についてきた。
初代マスターも安心、喜んでいるに違いない。
私はお母さんのファン、多分相思相愛、行く度に台所で話をするのが楽しみ。
約束で当社の上場の暁には2枚目の絵を書いてもらうことになっている。
もう絵に着手しているとの事、私も早く頑張らないと・・・・・
さて私の若かりし頃はスパゲティと言えば「ナポリタン」か
「ミートソース」、
深夜の喫茶マイアミあたりでよく食べた。
30年以上前、渋谷のマイアミで連れの女性とナポリタンを食べた。
口の周りがケチャプやら何やらで付いたままの私を見て、食べ方が汚い
と言われた私。
---単におちゃめなだけなのに、田舎モンと解釈した--
これトラウマ、それ以来「ミートソース」派に徹した。
もちろん彼女とはこの日でバイバイ、二度と会うことはなかった。