2009/03/13 16:00:00
仕事やスポーツであれ遊びレジャーであれ一生懸命やっていると
全てが上手く運ぶ絶好調な時期がある。
いわゆる一つの大きな壁を越え次のステージに入ったと思える
「俺は開眼した」と叫びたくなる時期である。
しかしこれはほとんどが錯覚、すぐに挫折、閉眼(?)してしまう。
30年近く続けている競馬、昨年末から今年の1月にかけては絶好調、
「買えば的中」状態で、写真判定に勝ち、負けたと思っても上位馬が
失格して繰上げ的中、外れたレースは競馬場を間違えててそちらで的中
など神ががかりで「30年にして俺は競馬に開眼」と確信した。
それが1月末から2月中は買えば負けで、写真判定に全て負け、
的中のはずがそれが失格、的中レースは競馬場を間違えててそちらも
負けで・・・
まさに神ががかり的不運で「あの開眼はなんだった」と思える。
20年続けているゴルフ、順調に上達、昨年前半は80台をコンスタントに
出せるまでになった。パーかボギーベース、悪くともダボでそん時は
バーディも出る。フォームにこだわる私は仲間の褒め言葉も納得して
聞けるまでになった。友人達とのゴルフ談義もこのスコアが前提で尊敬の
眼差しで私の話に耳を傾けてくれる。
「まあアマチュアとしてそれなりに開眼」と自負していた。
それが石川 遼が活躍始めた夏以降どんどんスコアが下がりはじめ
現在は90台半ばがやっと。
美的フォームを追求する私は「遼君に比べて私のフォームは・・・」
と比較検討しイメージを膨らませる。それを現場で実践する。
前々回など10年ぶりくらいで100台をマークしてしまった。
体のつくり、基礎体力の根本が違うなどは考えない、ひたすら華麗な
スイングを追及する私は定期的に土つぼにはまる。
そういえば何年か前にタイガーウッズで同じことがあったような・・
まあ私の友人には百回以上ゴルフに開眼している猛者もいますが。
開眼ー閉眼ー開眼ー閉眼ー開眼ー閉眼ー・・・(閉眼?)
成功ー失敗ー成功ー失敗ー成功ー失敗ー・・・
競馬とかゴルフの短期決戦はこの繰り返しが、やり直しのきく勝負が、
失敗があってそれを糧に再挑戦できるしくみが魅力的だ。
だから続ける、別名これを「中毒」とも呼ぶ。
仕事、私における会社経営になるがこれは長期戦だ。
微調整、方向修正などはあるが原則大きくはやり直しはきかない。
松下幸之助であるまいし、「経営の開眼」なんて夢のまた夢で毎日が
失敗や苦難の連続である。
がしかし社員やお客様、銀行やVC、友人などから「良い会社になった」
などと言われると天にも登った気分になり明日への活力が生まれる。
まあ「良い会社」の価値基準がおのおのバラバラで一概に喜べないこと
もあるが押なべて共通している点は、
「モチベーション高く会社がいきいきしてる」ことにありそうだ。
私としても社内で行き交う社員達が多少駆け足気味に動く、
社内の会議室の全てが埋まっていてあちこちで活発な意見交換が聞こえて
くるなどの場面に遭遇するとうれしくなってくる。
スポーツ、レジャー、仕事なんでも自分を褒める「開眼」は重要な
行為です。そうでないと続けられない。
しかし言えることは競馬とかギャンブルは別として、ゴルフにせよ
仕事にせよ経験は実になってるはずで失敗など後戻りにおけるギャップ
を徐々に縮めベースを上げてくる。
だから失敗を恐れず挑戦しどんどん「開眼」しましょう。
2009/03/11 13:00:00
パソコン上の昔のファイルを整理していたら初期のホームページに
掲載した「会社創業の動機と経緯」なるファイルを見つけました。
現社員含め大勢の関係者は知る由も無いと思いますので私自身初心を
忘れることの無いようにここに掲載し皆様に紹介します。
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会社創業の動機と経緯
1999年1月 佐藤孝幸
1998年、日本の情報産業はIT(情報技術)のオープン化に伴うPCの爆発的普及や新しい世界インフラとしてのインターネットの拡充をキーとし、さらに2000年対応の特需も加わり大きく活況を呈している。しかし日本の情報化の現状と将来のネット社会に向けての動向を考察するとき危惧の念を抱かずにはいられない問題、課題が数多くある。要約すると次の3点になる。
その第1は社会全体の現行しくみへの固執である。日本は戦後を契機に労働集約、知識集約型の高生産・高品質・高サービスの産業構造を築き上げ生産のしくみ、流通のしくみ、さらに組織のしくみなど様々なしくみをベースに世界のモデルとして君臨してきた。しくみは目的を達成するための手段であり時代、環境と共に変化、成長しなければならない。情報技術の進歩はこのしくみを合理的に、シンプルに、根本的に変革させる力を持つものの、実状は旧態依然としたしくみの温存、固執が目立ち、結果として情報化のスピード、効果を半減させている。
第2は世界的変革スピードの認識欠如が言える。情報技術、特にネットワーク技術や電子メディアの高度化はボーダレス/グローバル化を急激に加速させている。途上国も含め世界各国が情報技術をバックボーンに世界的視野で産業構造、社会活動の再構築を進めている中で日本は今だ規制の緩和・撤廃、利権の調整に四苦八苦し、不景気を一人悪としている。世界市場の中で戦うことが宿命づけられているのにもかかわらず今の日本は危機意識が欠落しており、このままでは世界トップグループからの脱落が危ぶまれる。インターネットの世界でも日本は各国からさまざまな情報を入手しているにかかわらず日本から世界に向けての情報がほとんどないと不評があることは周知の事実である。
第3は情報産業自身の意識の脆弱性でこれも大きな問題である。新しい産業として自立しはじめた情報産業だが一部ベンチャーを除けば新興勢力としてのコンプレックスがメーカー大企業も含め業界全体に根強く、他産業を手助けするサポートマンとしての立場から脱しきれずにいる。情報技術という最大の武器により、世界的視点で社会を再構築、進化させる責務があるのにもかかわらず、イニシアティブをとることはおろかユーザの言われるままの不合理なシステムを構築している。そこには将来や世界を見渡したドラスティックでスクラップアンドビルド式の創造的な提案、アイデアほとんどない。言い換えればハードウェア、OS、ミドルウェア、データ・ベース、ネットワークなどのインフラをアメリカを中心とする欧米諸国の基礎技術のロイヤリティ上に、さらに情報処理製品は低コスト高品質のアジア諸国での製造品を用いて日本市場のみを相手に掛け声だけの創造力の少ないシステムを提供している図式である。
紙テープの時代より4半世紀、メーカ大企業の最前線で情報処理業務に携わってきた私は、いろいろな意味で将来を考える時、これらの問題の重みを深く受け止め危惧する一方、1997年4月頃、フリーの情報技術アナリストで現在インターネットやLinuxのリードオフマンとして活躍している20数年の親交のある藤原博文に相談、氏も同意見であった。さらに日本の抱えるこれらの問題を克服し世界にアピールするには柔軟性がなく危機意識の薄い大企業メーカや下請体質に染まったほとんどの現行ソフトウェア開発会社には期待できず、早急にオープン化対応の新しいコンセプトをベースとした会社が必要であるとの点で見解を同じくした。
さらに、将来に向けて実現構想を練っていた、
・藤原の「パズル生成とインターネット配信」
・私の「日本風景動画4000のインターネット配信(ムービアム)」
企画構想がこれからの重要な余暇及び知的レクリェーションや高齢化社会をテーマとしたネット事業である点さらにITとしてオープンソースソフトウェアが主導となる点も一致しここに新会社を設立することとしその準備に入った。
設立にあたり、私の配下でシステム開発のスペシャリストの大矢正典及び細川智成も参加を内諾さらに藤原の友人でネットワークやマルチメディアのスペシャリスト大田敏文、大矢の友人で技術者でありながら営業的センスの高い古館実も後日参加することを相次いで表明、
1998年4月 株式会社 タイムインターメディア 設立登記
に至った。出資は参加創業メンバー及び私の友人数名にお願いした。
創業にあたり株式会社タイムインターメディアの経営方針とし以下を掲げる。
経営方針 :
社会活動における時間,地域,空間、しくみを新たに創造した、
大胆なシステム提案と構築を行う。
具体的には次の3つの基本コンセプトのもと事業を展開する。
●インターネット社会を迎えての豊かな暮らしを世界規模で演出する
●最新先端技術で合理的なしくみを演出するシステムを提案、構築する
●創出したシステムのセキュリティと成長を保証し社会的責任を果たす
この意に賛同する企業、社会人、学生は参集し当社と共に成長されんことを願う。
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といった内容で嘘か真かその後数年間はホームページでインターネットから
の入社希望者が押し寄せました。
現在でも会社のベクトルは揺れず・・・
と思うのですが皆様いかがでしょうか。
2009/03/03 18:00:00
今日は全女性のお祭り「ひな祭り」
でもそれとは全然関係ない話です。
メール全盛の今、手紙を書くことはほとんど無くなりました。
しかしアナログの権化「手紙」にも捨てがたいものがあります。
綺麗な字には人柄がしのばれ感動すら覚えますし、たとえミミズ
のはったような悪筆でもその人の顔とシンクロしながらほほえましく
つい笑い出してしまいます。
アンジェラアキ「手紙」をカラオケで歌うこともありこの手紙を
最近良く思い出しています。
若かりし頃何度も引越ししましたがその度に白い封筒のいろんな方から
の手紙の束も一緒に持ち運びました。
が今はどこを探しても見つかりません。
でも思い出に残る今でも忘れられない幾つかの手紙があります。
内容の詳細は忘れましたがちょっと記憶をたどり幾つかを思い出して
見ます。
香川県坂出市の女性との文通:
中学から高校にかけて香川県の女性と文通しました。
何かの雑誌に掲載されていた文通希望者へ手紙を出したわけです。
何十通も申し込みがありながら私を文通相手に選んでくれたとの事で
感激、以降4〜5年間ほど手紙のやり取りです。写真の交換もし
上京の折会う話もあったのですが自然と終わってしまいました。
兄への手紙:
兄が東京に就職(電気メーカ:日立)が決まりその激励の手紙を
弟2人と一緒に書きました。これからの日本を支える立派な人に
なれ見たいな感じで書いた記憶があります。
その返事が「文章が上手い」との褒め言葉であり文章を書くのが
好きになりました。手紙の中に「日立は良い会社」、
「これからは電気メーカが日本では強い」が強く印象に残り私も
数あるオファーから東芝への道を選びました。
弟からの手紙:
上京してから何回か弟から手紙をもらいました。
隣近所のはなし、学校のはなしはいいのですが書くことが
無いのか雀が今鳴いた、ニワトリが通った、柿が風に揺れて落ち
そうだ、南天の実が赤が5つに黄色が7つその中間が3個とか
家の周りを実況中継するライブ手紙でした。
そんな手紙を書いたことも見たことも無い訳で下手な手紙です。
しかしその文章はリアルで田舎の家が立体的にイメージでき都会の
生活に多少疲れ気味の私には最高でした。
Xからの手紙:
これは手紙と言うより投書ですね。
中学の担任が「Xからの手紙」と題して同級のある人の長所、短所を
書きなさいとなった。宛先はあるけど差出人はXな訳です。
これを先生はみんなの前で読み上げます。
そして宛先人は受け取ります。
目立つ人、かわいらしい人に集中しみんな無難に褒め言葉が中心、
多少の欠点を書く程度です。私にも幾つかありました。
しかしながら最後にとっておきの手紙がありました。
多少頭のいい事を鼻にかけているとか、自分中心だとか、嫌いとか・・
人間のありとあらゆる欠点を指摘する手紙がです。
これを先生が「だれ宛でしょう?」なんて言うものだから教室内は
わいわいがやがや、あいつだ、こいつだ、俺かな、お前かなと
詮索も始まりました。だれが書いたかは話題になりません。
学級委員の私は余裕で2〜3人の名前を思い浮かべました。
そして最後に先生がこれは、
「サトウ タカユキ様」宛です。
教室は一瞬静寂、皆の視線が私に集中します。同情の目です。
ショックを隠しながら屈辱に耐えながらもその手紙を受け取りました。
これは結構トラウマです。
今でも名前を明かさずいろんなことにクレームをつけることに神経質で
過敏です。
後日談があります。
その後誰が書いたかの犯人探しが始まります。
えらいもので友達の何人かが書いた張本人を突き止め私の所へ
連れてきました。ご対面です。
私は「将来を考えると今の中学時代に指摘されて良かった、有難う」
・・・・・なんて言う訳が無く・・どうしたか記憶にありません。
皆さんもたまには手紙を書きましょう。
もちろん差出人の名前を書くことは忘れずに、Xは駄目ですよ。