2006/11/30 10:00:00
「悲壮感出てますね。」と言われて「脾臓肝臓出てますね。」と聞こえて飲みすぎを自覚した鏡月です。こんばんは。
今日はですね、いつも長いので軽めにいきます。
夢があるんです。
サッカークラブのオーナーになりたい。
趣味は何かと言われれば、音楽、ダーツ、サッカーです。まあどれもこれも酒に関わってると言えば否定できませんが。
学生時代、DJをやってまして。ものっすごいマイナーですけども、20年前六本木のとあるお店で毎日レコード回してました。
売れるDJになりたかったんすねぇ、きっと。当時は。そんな夢を持ってたんすねぇ。
今、自分の趣味の中で、何を目指せばいいんだろ、って思うと、やっぱサッカーなんすよ。
サッカークラブを持ちたい。
でも「サカつく」とかそういうゲームでお茶を濁しちゃうのはイヤ。
みんなが楽しく幸せに思える、わいわいやれるサッカークラブを地元で持ちたいっすねぇ。
2006/11/29 10:00:00
はじまりはいつも雨、じゃんけんはいつもグーの鏡月です、こんばんは。
右側のリンクにある「執筆者一覧」ってところをご覧ください。このリレーブログの参加者が見れるワケですが、自分の出身地が福島、となってまして。
これ厳密に言うと実は生まれは東京なんですよね。ただ、小さい頃に福島の会津若松というところに引っ越して、高校までの青春時代のほとんどを過ごした場所なのでふるさとではあります。実家もまだありますし。ということで出身地福島とさせていただきました。
引っ越した当初、会津弁が全くわからなくて苦労しましたね。よく引合いに出すフレーズなんですが、「にしゃがえさあいべ」ってのがあります。
「にしゃがえさあいべ」・・・医者が餌?・・・西やん帰さねーべ?・・・西やんて誰だ。わがんね。(正解は後ほど)
ふるさとなのに未だに会津弁をマスターしきれてません。いやホントね、日本語ってのは難しいですよ。
そうそう。以前、友人に「お前んちさぁ、PCとかある?インターネット見れる?」と聞かれたことがありまして、その場では「うん、見れるよ。」と答えたんですが、後々考えるとどうもしっくりこなくて。
インターネットは見れねーべ。
かといって、「インターネットは見れないと思うよ。インターネットで配信されているWebコンテンツはブラウザで見ることはできるけど。」って答えるのもどうも嫌味ですしね。言い方としては正しいかもしれませんが。まあ結果的にそう答えなくてよかったと思ったんですけども。
他にも「○○が光通信サービスを開始した。これにより高速なインターネットを楽しめる。」とか「この動画配信によりインターネットがより楽しくなる。」とかニュースサイトでよく見かけますけど・・・うーん・・・これもどうなんだろ。
「インターネットが楽しめる」ですよ?言い換えると「電話線が楽しめる」って言ってるようなもんですよ。電話線でどう楽しめってんだ。縄跳びか?あやとりか?
まあ省略化した簡潔な表現としては合ってなくもないイメージだけど、インターネットの仕組みの認識がみんな間違っちゃわないかなぁ、と心配しちゃいましてね。どうでもいいっちゃどうでもいいんですけど。
いやでもホントね、日本語ってのは難しいですよ。
そうだ。それと先日、「M&A」がIT用語だと思っていた、という方に出会いまして。まあうちのいとこなんですが。そのいとこ、今年新卒で社会に出たばかりの女の子で、世の中のことよくわかっておらず。
おれ「M&AなんてITだけじゃなくて建築業界とか銀行業界でもあるじゃん。」
いとこ「へーそうなんだ。じゃあM&Aって何の略?」
おれ「えっとね、なんだっけ。マージャーアンドアク・・・」
いとこ「アクション?アクロバット?」
おれ「ジャッキー・チェンかよ。じゃなくてほら。買収ってなんだっけ。」
いとこ「えー。英語わかんない。買取り?質屋?」
おれ「英語じゃねーじゃん。なんだっけ、度忘れした。」
いとこ「んーなんでもいっか。」
おれ「そうだね。」
と、うちのファミリーはいつもこんな会話です。日本語を余計難しくさせちゃって、途中で会話が崩壊しちゃいます。毎日が混沌コミュニケーションです。
しかもこれ、福島にいた頃は会津弁も含んでましたからね。変なコミュニケーション能力が自分には備わっているんだろうなぁと、自負しております。
だがしかしホント日本語は難しい・・・。
「にしゃがえさあいべ」→「君の家に行こう」が正解です。わかった方には手ぬぐいプレゼント!
2006/11/28 10:00:00
友人の娘(8歳)に、バカウケ間違いなしと自信満々に「だっふんだ」と言ったら、なにそれみたいな顔された正真正銘変なおじさんの鏡月です。こんばんは。
唐突ですけど、実はこの会社に入る前の会社はちっちゃな広告代理店でして、その前は8年フリーランスしてました。
その8年のうちの2年がパソコンのインストラクターをやってて、一太郎とかLotus1-2-3とか教えてて。後半6年がWeb制作の仕事でした。今の職場を含めるともう11年ちょっとWebばっかりやってるんすねぇ。早いもんだ。って歳がバレるな。
いやー、それにしてもいろんなサイトを作りましたね。大中小問わず企業のコーポレートサイトや製品サイト、某サッカー選手のオフィシャルサイトとか某女子アナの個人サイトのヘルプとかまで。
ぜーんぶ広告代理店経由の話ばかりでしたけど。
でですね、うちの会社って、システム視点のWeb制作実績は豊富なんですが、プロモーション視点のWeb制作実績があまりなくて。というか、苦手?だったみたいで。
だからこそここを選んだってのもあるんですが、入社時はかなり面食らったところもありましたよ。
ものすごい硬い。なにもかもが。男!な感じ。カタカナ用語もいわゆるプログラム系の言葉以外ほとんどなかった。エンジニアって言いませんから。「技術者」って言いますから。
提案書もすごい。いきなりロジカル。「この機能で喜んでいただける」と確信したかのようなツカミ。
広告畑に長いこといたせいか、この辺、実はおれってマヒしてたんじゃないか?って疑うほど濃いんですよ。システム視点の提案書。
広告屋の提案書なんて薄っぺらいですよ。
「カルガモより軽いかも!?」なんてキャッチコピーで動画ストリーミング配信サイトの提案をしたりね。意味がわかりません。実際重いし。ノウハウよりノリ重視だし。でもクライアントはこういうのに乗って来るんすよねぇ、不思議と。
あ、そうそう。広告屋はお客さんをクライアントと言いますが、弊社ではクライアントというと端末(PC)を指すようです。「え?なに?OS再インストールするの?」とか聞かれちゃいます。
若干重厚感のある内容の提案書でも、「ターゲットのセグメントはF1層!バイラルの新提案!」とかってタイトルになってたり。意味がわかりません。やたらビックリマークを使ったり。バイラルって口コミマーケティングみたいな意味なんすけどね。口コミでいいじゃん。
あ、そうそう。広告屋は顧客層の分け方をセグメントと言いますが、弊社ではセグメントと言うとネットワークセグメントを指すようです。「え?なに?鏡月さんのセグメントとは違うからこっちは参照できませんよ。」とか言われちゃいます。
提案書もそうだけど、プレゼンもまたこれがカラーが違う。しゃべりが違う。うちの会社はシステムの機能の一覧やそれぞれの機能の説明にものすごい時間をかけて、このシステムがどんだけ便利かを切々と訴えます。でもね、広告屋はノリと勢いと謎の専門用語のラッシュ。
「パーミッションの取れたビジターに対するリーチの数値を見てください。」とかもう何がなんだか。
あ、そうそう。広告屋はWebサイトのビジターが許諾しメール配信等を受け取ります、みたいなことをパーミッションと言いますが、弊社ではパーミッションと言うとファイルやフォルダをいじる権限を指すようです。「え?なに?それパーミッション変えないといじれないよ!」とか言われちゃいます。
あ、そうそう。広告屋は広告とかが何人に配信されたか、何人が閲覧したか、という数値をリーチと言いますが、弊社ではリーチと言うと麻雀用語のようです。内線で「ああ、I田ですけども。これから恵比寿に向かうんだけど。」と言われたらそれは麻雀のお誘いです。
2006/11/27 10:00:00
アイスコーヒーだと思って飲んでみたら実はコーラで、飲んだ瞬間驚いて「まさか毒殺か!?」と変な勘違いをしたみんなの影武者、鏡月です。こんばんは。
さて、まずはこのわたくしも自己紹介を。
といっても、ただ普通に自己紹介してもつまらないので、自己分析サイトの結果からこの鏡月という男をご紹介いたします。ご紹介って変だな。でもまぁ、他人のサイトでの判断だからご紹介か。ん?・・・まいいや。
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■「キャラミル研究所」によると
http://www.charamil.com/
「本気で世界に広げる友達の輪」
どんな相手もとりあえずお友達。わかりやす〜い首ツッコミ体質。ってカンジの人です。
どんな相手でも、気軽に接することができる人です。
人生、出会ってナンボ。なるべく多くの人と友達になりたがります。チームワークの中でこそ自分をフルに発揮できるタイプ。仲間の輪(和)を大切にします。誰にでも愛想よく接する反面、おせっかいなところも多々あります。
・人づきあいは
「大好き!」と思っています。
・よくしゃべり、よく笑う。感情表現豊かでストレート。
・手帳はいつもいっぱいにしておきたい。
・けっこう寂しがりだったりします。
・友達は自分でも多い方だと思っている。
・わかりやすいキャラ。ミステリアスで妖しい魅力とは無縁。
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へー。ほー。
確かに「人付き合い大好き!」ですねぇ。自分のこととは言え妙に納得。すごいな、このデータベース。どうやって判断してるんだろ。
って、え?
「わかりやすいキャラ。ミステリアスで妖しい魅力とは無縁。」ってまじですか。
ミステリアスなムードを持っている大人な男性に憧れてるんですが、そういう資質がないんですか、そうですか。
そうだ。モテ度を調べてみよう。もっとこう恋愛的視点で見ればミステリアスかもしれん。
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■「モテぢから★実力テスト」によると
http://mote.oppo.jp/
鏡月さんのモテぢからは・・・
78/100点 「学園アイドル級」です。
恋愛持続力 ★★★★★
バイト持続力 ★★★★★
魔性度 ★★★☆☆
弱点 自分の容姿に無関心
総合評価としては、なかなか良い評価が得られたと思われます。鏡月さんは、モテモテとまではいかなくとも、充分に恋愛を謳歌できる資質があります。特に高く評価できるのはそのポジティブ力です。あまり悩みを引きずらない精神的な安定性は、特にココロが弱い人にとって魅力的に感じることでしょう。それなりの人生経験も積んでいますし、「頼れる男」としてこれからも強くありたいものです。なお、年下の女性はお似合いです。
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魔性度3!?
やっぱダメじゃん。フレンドリーだけども、魔性の魅力はない・・・と。ま、いっか。悪くないし。
うーん。バイト持続力が5ですか。バイト?うん、まあまあ。仕事ってことね。
そうだ。モテるモテないとかよりね、男は仕事ですよ仕事。適職チェックしてみよ。
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■「水星で占う あなたの職業適性」によると
http://uranai.nifty.com/elfin/astro/elfin_iwm12.htm
あなたの水星星座宮は 射手座
エレメンツは 火
■火の星座■
水星が火の星座にあるあなたは直観的で、奇抜な発想と先見力、物事を全体的に理解する把握力にすぐれた素質があります。つまり瞬間的なひらめきや思いつきが、意外に当たっていることが多かったり、衝動的に行動してしまったことが、後から考えると大正解だったりすることがありがちなタイプです。もし、周囲に理解者がいれば、あなたは貴重なアイデアマンとして、またアドバイザー・スタッフとして、職場内で重宝されるでしょう。どの職場にいても、あなたは自分のアイデアや考えを口にすることを恐れないでください。ただ、このタイプは土星からよい刺激がないと、精神的なスタミナに乏しく、物事を中途で投げ出しがちです。
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うっはー。当たってるかも。そういう性分なんで今の部署をやらせてもらってますよ、確かに。プロモーションとかプリセールスをやってるんですけども。
お。なになに。土星からよい刺激?・・・
土星の人!大至急連絡ください!
社長だったりして。
2006/11/25 10:00:00
こんにちは。土曜日をいかがお過ごしでしょうか?新人君です。
先々週の話にさかのぼりますが、世の中でこれほど口うるさくやってはいけないということを、やってしまいました。
その日は、お客様とのミーティングが朝の10時から入っています。必要な知識を頭に叩き込み、準備は万端。スーツを着用し、朝早くから出勤しました。
9時30分。
一緒に行く予定の方々が誰もいらっしゃいません。
お客様の会社はここからそんなに近いのかなと、不思議に思いつつも会社でおとなしく待ちます。
9時45分。
さすがにおかしい…、と思いつつも誰かに聞く踏ん切りがつかないまま時間が過ぎていきます。
9時50分。
さすがに聞かなければいけません。
「あの〜、○○の件は、ここに集合ではないのでしょうか?」
「え?現地集合ですよ」
聞いた先輩に注意されつつも、上司に電話を入れました。
実際は10時30分開始だったので、何とか間に合いましたが集合場所・時間は、抑えとかねば!と心に深く刻んだのでした。
2006/11/24 10:00:00
最終日となりました。温泉刑事です。
「湯けむり、お酒と私編」
私は、たしなむ程度ではあるが、お酒をいただく。そして好きなお酒を党で分類するのであれば、間違いなくビール党である。帰りが遅くなり、そのままベットにドテーンとしたいところを、あえて冷蔵庫に手を伸ばし、冷えた缶ビールに手を伸ばす。
シュパッ!!ゴグッ、ゴグッ、!!
喉を通過。胃に到達。一日の疲れが一気に吹き飛ぶ。本当にたまらない。そんな一人きりの晩酌が最近ではささやかな幸せである。もちろん寝る前にはウ○ンの力をグビッと飲み、翌日の戦闘に備える。
また、年に2,3度ではあるが、寝起きのビールを決行することがある。噂では聞いていたが、ものすごくおいしい。たまにはこんなのもいいかなと思った。あくまで日曜日ですけれども。念のため補足を。皆様も機会がありましたら、挑戦してみてください。ちょっとした贅沢気分が味わえちゃったりします。ただし、くれぐれも飲みすぎには注意しましょう。
「湯けむり、今後の私とTIM編」
一週間、お付き合いいただき有難うございました。温泉刑事は、この組織、この仲間達の中で、日々揉まれ、大きくなってまいりました。また、これからも勇往邁進、日々突き進むのみです。しかしながら、時には躓き、クールダウンしている私の姿もあるかと思います。その際には、刑事に一言声をかけてあげてみてください。おそらく刑事は、そのお腹を前に出し、再び走りだすかと思います。どうぞよろしく御願い致します。
さて、いよいよ次週からは、"鏡月"さんが満を持して登場です。私もワクワクドキドキ興奮気味です。最近の鏡月さんのダンスは、非常にノリがよくステップが軽やかで、電話をいただくときは、必ず「YO!YO!♪」から始まり、途中に「何だYO!!♪」をはさみつつ、締めはやはり「YO!YO!♪」で終わります。そんな鏡月さんのファンキースタイルを存分にお楽しみください。
おわり
2006/11/22 10:00:00
寒さも一段と増し、冬の到来も間近に迫った今日この頃。
こんな時期には、ゆっくり温泉につかり、熱燗を1杯クイッといただきたいものです。
こんにちは。温泉刑事です。
さて本日は、私の座右の銘である、「後悔先に立たず」について、キーボードを打ちたいと思います。
湯けむり、後悔先に立たず編
私の人生において、これほど心に重くのしかかる言葉はありません。私のこれまでの人生、幼少期から青年期そして現在に至るまでの様々な場面にて、後悔、後に立つことばかりでした。
この世に生を受けた私は、音楽一家で育ち、日々、体に音が刻みこまれていました。そして気付けば、3歳から音楽教室へ通い、「シュッシュッポッポー!!!」と踊りちらし、「森のくまさん」を、流星のごとく現れた昭和の大スターきどりに熱唱している私がいました。
そんな私も、小学生となりピアノを本格的に始めます。その当時の片田舎のピアノ業界は9割方が女の子で、男の子はというと、私を含め数えるほどしかいませんでした。ピアノ教室では定期的に発表会と呼ばれる集会が行われ、お召かしをした女の子がたくさん集まり日頃の練習の成果を披露します。そんな中で、男の子は私と、ピチっとしたお尻がチャーミングな2つ年上の太っちょなお兄さんの2人だけです。子供ながらに、すごく恥ずかしいという強い気持ちでいっぱいでした。
まわりの男の子とはいうと、外で鬼ごっこ、近所の山の探検。うらやましいかぎりでした。そしていつの日か、ピアノをやめたいと思う自分がいたのでした。そして、間もなくピアノをやめました。あの時、やめずに趣味としてでも続けておけば。あー、続けておけばよかった。今となってはここぞという時に力を発揮する男の武器を、放り投げた瞬間でした。・・・・後悔先に立たず
その他、
授業中に珍しく答えがひらめき、発言しようと思ったけど、間違えたら恥をかくから、やっぱりやめようと思った次の瞬間、その答えを隣の男の子が発言し、皆からの注目を浴び、スター気取りしているそばで、うらめしそうに眺める私。
受話器を手に取り、絶対に私からかけるべき電話で、最後の番号が押せず、受話器を置いた瞬間ベルが鳴る。「どうして、電話くれないの?」「今、電話しようと思いました。」そんな言い訳通用せず。またやってしまった。振られる私。
お酒を飲んだ翌朝ともなると、飲んだ席での発言や、踊りながら熱唱したことで、何か嫌な思いをさせてしまったかなあ。やってしまった・・・・大後悔時代突入。記憶が飛ばない私にとっては、まさしく苦悩の時間。ところがどっこい、後日、私に対する仲間の一言。「この前は楽しかったなあ。」・・・これまた、悩んだ時間に対しての後悔。落ち込む私。
などなど・・。
"我が生涯に一片の悔いなし"
それを想い、人生安らかに幕を閉じたいものです。
時間の都合上、予定しておりました「湯けむり、カップやきそば編」は、無期延期とさせていただきます。ご期待いただきました皆様、お詫び申し上げます。ただ、こうしている今も、カップやきそば片手に業務に励んでいることを
お知らせして、本日は終了とさせていただきます。
さて、金曜日で温泉刑事のブログも最後となります。
「湯けむり、お酒と私編」
「湯けむり、今後の私とTIM編」
2部続けてお送りする予定でおります。
皆様、よい勤労感謝の日を!
つづく
2006/11/21 10:00:00
皆様いかがお過ごしでしょうか。温泉刑事です。本日は、私の原点が校庭にあるということ、そして最近お腹がでてきているということについて少しだけ書かせていただきます。
「湯けむり、ぼくの原点編」
社会人もはや5年目を迎え、ここにきてつくづく感じていることがある。それは、小中学校時に所属していた野球部時代のあの様々な経験により、今の私がここにあるということ。精神の土台を形成したのが、まさにこの時代である。野球の日々、ただ無心に白球を追いかけていた。・・・わけではない。
怖い形相をした監督および父兄軍団が、仕事終わりだいたい夕方5時頃に指導に現れる。それまでは、野球部なのになぜかゴルフ大会が。校庭のとある片隅にこっそり穴を掘り、棒切れを立て準備完了、あとはゴルフボール代わりに軟球を、クラブ代わりに金属バット用い繰り広げられる。どの学校にもありがちなほのぼのとした放課後の風景である。負ければ罰ゲームとして、意味もなく尻文字や、ちょっとした悪戯を仕掛ける担当者へ強制配置、また話が大きくなり、全校集会壇上にて、上半身裸で「Lambada」を踊ったこともあった。
がしかし、そんな平和な時間も夕方5時まで。周囲が「来た!来た!」とざわめく。「整列!!」 一応、主将という名ばかりの役目を果たしていた私が、声を荒げる。「こんにちはー!!!よろしく御願いします!!!」 校庭中に響きわたる小学生特有の甲高い声が、なんともすがすがしい。さっきまで一緒に大会を繰り広げていた、サッカー部の連中はというと、こっちを見て見ぬふりしている。「キャッチボールとトスバッティングはやったんだろうな!!!」 監督が私に問う。「はい、やりました!!!」 私が監督に偽る。「ようし、んじゃ、ノック始めっぞ!!!」 監督が叫ぶ。ここからが、さっきまでなんともやさしい気持ちに包まれていた校庭が一気に修羅場と化す。いわゆる特訓が開始される。
「サッコーイ!!」 いよいよ、私の番。なんでもないゴロがコロコロ転がってきた。せーの、腰を下ろして、キャッチそしてスローイング。イメージだけは完璧だった。現実は・・・トンネルしていた。エラーをした私を監督が見過ごすはずもなく、呼ばれ、そしてこう言われる。「ちょっとお前、マスク、プロテクター、レガースをつけろ。」 これは、まさしくキャッチャーには必要不可欠な三大防具。サードを守っている私になぜ必要?答えがでるまで、時間はいらなかった。バックネットめがけて、確実にプロ野球のピッチャーが投げる球よりも全然早い、火の玉弾丸ボールが打ち込まれている。そのノッカーとバックネットの間には完全防具を施した私がいた。硬球ではなく軟球であるということが、せめてもの救いだった。あの恐怖は今でも鮮明に覚えている。
何事にも怯えてはならないこと。そして、耐える精神を持つこと。・・それを学んだ。もちろん今となっては、笑い話である。帰省した際には、その時の仲間達とは、酒を酌み交わす。これが私の原点である。
「湯けむり、ぼくとお腹について編」
会社の近所には、おいしいオムライスやビアンコパスタ、はたまた、特大カツカレー、ラーメンまで昼食の選択肢にはこと欠かない。少なくとも私はそう思っている。そんな昼食時、ここ最近、ちょっとした異変がおきている。
おいしいコーヒー片手に、たばこを一本。まさに至福のひととき。たわいもない談笑がよりいっそう午後への活力となる。そんな中、「どうしちゃったの??」 「妊娠7ヶ月??」 などとの声が、騒がしい。いや、あきらかに周りの目線は私のお腹にある。ふと、私もつられるように、
目線がお腹に振られる。ボタンがはちきれんばかりに悲鳴をあげている。ここ2年ぐらいそんな場面の繰り返し。
「今度の夏まではなんとか!」 これが、決まって言う私のセリフ。特に海水浴に行く予定もなく、あまり、ピッタリとした服も着ない私にとっては、口だけであり、夏が来たら来たで、上手くごましている私がいる。現実逃避をしている私がいる。
さすがにマズいと思いふと立ち寄った岩盤浴。シャワーを浴び、岩の上にゴロン。なんとも気持ちのいいリラックス感を味わえたのは始めの5分で、その後とはいうと、心臓の鼓動が「バク!バク!バク!バク!」このまま、止まってしまうのではないか、と思った瞬間、入り口から、飛び出し、ミネラルウォーターを一気飲み。
皆様の中でお勧めのスポーツジム、ダイエット等がございましたら、どうかアドバイスを御願い致します。最後まで有難うございました。
次回は、
「湯けむり、後悔先に立たず編」
「湯けむり、カップやきそば編」
をお送りします。
つづく
2006/11/20 10:00:00
「その時々で自分に何を求めているのかを判断し、動けるかが重要」
うーん・・Qooさんの言葉身にしみます。
私、さすらいの温泉刑事と申します。
主に、自社プロダクト部門の営業職を中心に日々笑いそして悩み、人生、山あり谷ありの東北なまりが可愛げな、若人を演じております。
この1週間、そんな私の戯言にお付き合いいただければ幸いです。
このタイムインターメディアに入社して、早、4年半が経過しようとしています。
その間、素晴らしい仲間(社長始めセンス抜群な諸先輩の方々、また元気を与えてくれそして個性豊かな後輩の皆様)に囲まれながら日々、活き活きとした生活を送ることができております。
この1週間、僭越ながら自分自身、そしてその素晴らしい仲間達との「ふれあい」を通常業務からは、ほんの少しだけ外れた場面中心にご紹介をさせていただだきます。
"温泉刑事"とはニックネームではうたっているものの、別に極上ネタの提供をするわけでもなく、何かを捜査するわけでもなくあくまで名前だけであることをあらかじめご勘弁ください。
ただし、"平成の○野○平"と呼ばれることへの憧れが多少なりともあったことに対しては、何の否定もないことをここに報告します。
何はともあれ、今この時、このブログを閲覧いただいております、あなた様とのほんの少しの癒しのお時間を共有できればと思っております。
よろしく御願い致します。
次回は、
「湯けむり、ぼくの原点編」
「湯けむり、ぼくとお腹について編」
の2部構成にてお送り致します。
ご期待ください。
つづく
2006/11/18 10:00:00
今日から毎週土曜日更新の記事を担当することになった新人君です。
私はこのニックネームが示す通り、11月1日付けでタイムインターメディアに入社した新人です。もう数日で誕生日を迎えるA型、♂です。
今はまだ知識も経験も全くない新人の私ですが、今後タイムインターメディアを通して学んだこと、思ったことなどを書いていきたいと思いますので、どうか温かい目でご覧下さい。
よろしくお願いします。
2006/11/17 10:00:00
OL生活は日々勉強の毎日です。
今までは現場に立って接客をすることが多かったので、
デスクワークのように頭を使うようなことは、
殆ど無かったように思います。
今までの仕事でもっとも重要なのは見た目と人柄で、
常に笑顔で愛想良く、姿勢を正し、
一日中お客様に見られていることを意識する。
クライアントが何を求めているかは、経験で分かってくるので、
明るく元気になのか、清楚で控えめになのかは臨機応変に対応する。
受付で常に笑顔で座って居てほしいのか、
パンフレットを渡すのも優雅に丁寧に渡してほしいのか、
テキパキと出来るだけたくさん渡してほしいのか、
アンケートをたくさん回収したいのか、たくさん商品を売りたいのか、
その時々で自分に何を求めているのかを判断し、動けるかが重要でした。
私は状況によって変えることの大切さを常に感じていました。
1年間競艇場のイメージガールとして働いていた時も、
任期終了時に代理店の方から女の子一人一人に、
メッセージカードを頂きましたが、
私のカードには誰よりも自分のするべきことをしっかり分かっていた、
と書かれていました。
学生時代には先生に、事務所ではマネージャーから、
手が掛からない子だと言われていました。
こんな性格なので今までの仕事も続けてこられたのだと思います。
OLは今までの仕事とは違います。
スキルアップが一番重要なことだと考えています。
初めは分からないことばかりで必死でしたが、
4ヵ月くらいたったからでしょうか、
自分で勉強したことが仕事に活かせた時の喜びを知りました。
自分が日々進化していくことを、面白い!と思い、
これからもずっと勉強し続けたいと考えています。
今日で私のブログは終わりです、
毎日あきずに最後まで読んで頂きありがとうございます!
これから同じ会社で働く皆さんがどんな事を書くのかとても楽しみです。
皆さんも是非ご期待下さい!
2006/11/16 10:00:00
私は高校卒業と同時に働き始めました。
毎日様々な場所で様々な職種の方達と様々な仕事をすることに、
魅力を感じていました。
私の両親は昔から、
やりたいことがあるんだったら大人になってから、
自分の稼いだお金で好きな事をしなさいと言っていました。
私はその教えを守り、
学生時代には社会に出たら実現することリストを作り、
早く大人になって働きたいと思っていました。
この教えは私にとってとても良いものでした、
高校を卒業してから直ぐ親元を離れましたので、
生活費を自分で稼ぐのは当たり前、
欲しい物を買うため、旅行に行くため、習い事をするために更に働く!
ということが自然に身に付きました。
そしてそのささやかな夢たちを少しずつ実現してきました。
今までの仕事は殆どが日給でしたので、
自分で目標を決め、その金額を達成するために、
スケジュールをどんどん仕事で埋めていくことが楽しみでした。
イベントの仕事は日本全国に出張出来るのも、楽しみの一つでした。
北海道の山の麓まで除草剤の販売キャンペーンに行ったり、
携帯電話のキャンペーンでは、
青森まで雪の中ティッシュを配りに行ったり、
ゴルフ場の仕事で長野へ行ったときは、
一週間毎日温泉付きの宿に泊まり、
選手が休憩するためのVIPルームで受付をしたり、
福岡へは医学学会で先生方からのアンケート収集。
それにしても色んな仕事をしたものです、
一日で終わってしまうものから、年間契約のものまで、
もしかしたら1000近い会社と一緒に仕事をしたかもしれません。
私のお気に入りはテンションの上がる派手な仕事でした。
TVやラジオに出演したり、写真撮影、ミスコン、
MCの仕事が一番好きでした。
これからタイムインターメディアでは、
どんな仕事が出来るか楽しみです。
明日で最後になりましたが、頑張って書きますので是非読んで下さい!
2006/11/15 10:00:00
以前の私の自慢は、
常に今が一番楽しいと自信をもって言えることでした。
それぐらい仕事でもプライベートでも好きな事をしていました。
今思えば辛い事もあったのでしょうが、毎日が充実していました。
子供の頃から健康で、風邪も2年に1回引くか引かないか、
学校も殆ど休んだ事がありませんし、
社会に出てからも10年以上無遅刻、無欠席でした。
そんな私が2年位前に初めて病気になってからは、
私にとって今までで一番辛い時期がやってきました。
今まで働いていたイベント業界の仕事は、
選ばなければ毎日のように仕事があり、
知り合いもどんどん増えていきます。
私は仕事と遊びを断る事はもったいない事だと考えていましたので、
スケジュール帳はいつも予定でパンパンでした。
夢中になって働き遊んでいましたが、体調が悪いとそうはいきません。
健康だったら何でも出来るのに...
健康第一と本気で思うようになりました。
ストレスと疲れが大敵の病気と言われ、
休み無しで働くような無理はしなくなりましたし、
大好きだったお酒も控えるようになりました。
人から注目される派手な仕事に夢中になっていましたが、
子供の頃から大人しく、傷つきやすい性格だった私は、
知らず知らずのうちに無理をしていたのかもしれません。
今までの私は、
趣味は働くこと・お酒を飲むこと!と言っていただけあって、
本当に毎日がその繰り返しでした。
私の思い描くサラリーマンのような生活をしていたなぁ...と思います。
最近では体調も良くなってきたので、
これから私がどう変わっていけるかが楽しみです。
今日も最後まで読んで頂きありがとうございました。
明日は『今までの仕事』について書きたいと思います。
2006/11/14 10:00:00
私にとって一番心に残る土地は青森県です。
小学校4年生の夏休みに、
いきなり父親の転勤で千葉から青森へ。
その話を聞いた時、兄は悲しくて泣いていたような気がします。
私はと言うと、凄い田舎暮らしを想像していました。
牛が通りを歩いていたり、家には囲炉裏があったりとか、
でも青森市であったためか、そんなことは全然ありませんでした。
青森と言えば雪が沢山降ることで有名ですが、
どのくらい寒いかと言うと、
冬は制服にタイツとブーツを履いて学校に通うのですが、
寒さでタイツが凍ってしまうこともあるくらいです!
バスで学校から帰る時も酷い時だと、
40分近くも吹雪の中でバスを待っていたこともありました。
そんな雪国での楽しい思い出は、
小学生の頃は学校の帰りに、
空き地にある小屋の上から積もっている雪の上に飛び降りて遊んだり、
ソリを引いてスーパーにお買い物に行ったり。
夏のねぶたの時期には、小学生の頃から子供だけで、
浴衣のような衣装を着てハネト(踊り子)として参加していました。
あんなに楽しいお祭りは他に出会ったことがありません!
青森に住んでいた頃は都会を夢見ていましたが、
今思えば、学生時代を青森で過ごせて本当に良かったと思っています。
今の私が求めているほのぼのとした生活がそこにはありました。
何でも人と競争、
その他、刺激があり過ぎる生活に疲れた方にはおススメの土地です。
今日も最後まで読んで頂きありがとうございました。
明日は健康第一!について書きたいと思います。
2006/11/13 10:00:00
皆様こんにちは、Qooと申します。
私は本籍は宮城なのですが、生まれは群馬、育ちは千葉と青森です。
そして高校を卒業後に宮城で3年間暮らし、千葉に戻ってきました。
小学校・中学校・高校と青森で生活していたこともあり、
東京への憧れがとても強い子供でした。
ファッション雑誌やTVを見ては、
早く東京で暮らしたいと考えていたものです。
お洒落をして仕事帰りにパーティやクラブに行く、
そんな生活を夢見ていまいた。
1,2年くらい前にそんな生活をしていましたが、
実際にしてみると、何だこんなものかと思うものですね。
今では将来は南国でほのぼのと暮らしたいと思っているくらいです。
今年の夏前からタイムインターメディアで働き始めました。
現在は管理本部所属で、総務や経理の仕事などをしております。
私は今まで10年以上複数の事務所に登録し、
そこから色々な仕事を紹介してもらい働いていました。
人に親切にすればするほど喜ばれるこの仕事が大好きでしたし、
イベントの仕事は毎日がお祭りのような気分になり、
テンションが上がるのでとても楽しかったです。
今まで自分がすることになるとは考えてもいなかったOL生活ですが、
会社のために日々働くということはこういうものかと、
毎日勉強になることばかりです。
今こそ内面を磨く良い機会だと思います。
私にとってタイムインターメディアは、
ここで働けば弱い自分が強くなる!そんな気がする職場です。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
明日は学生時代のことについて書きたいと思います。
About Meの写真は去年のものです。
パチンコの新機種発表会で、
夢夢ちゃんというキャラクターのコスプレをし、
ステージ場で簡単なダンスをした時のものです。
2006/11/10 10:00:00
物事を遣り遂げるのに、やる気はとても大切な要素だと思う。
やる気があれば夢中になって楽しめる事も、やる気がなければ気付かずに通り過ぎてしまう。
やる気なんて出そうと思って出せるものじゃないけど、些細な事でやる気が出てしまう事もある。
中学校の時に、「皆でやれば楽しそう」という理由だけで、友達と江ノ島まで40キロ歩いた事がある。
地理の日本地図で近所の川が江ノ島付近の海に流れ込んでいる事を確認して、タオルと現金だけを持ってひたすら川沿いを歩いた。1人だったら絶対やらなかった。
やる気さえ出てしまえば、苦手だと思っていた事も楽しめたりする。
私は音楽が苦手で、音楽の成績は最低だし、小さい頃に通ってたピアノ教室は記憶からも消えているほど。
それでも、中学校では吹奏楽部に所属して楽しくやれていた。
楽しめるかどうかと、やる気度は深い関係があるようだ。
「まずは文章書きを楽しめるようにならないと…」と感じながら、これからも色々な事を楽しみながら生きていきたいと思った。
2006/11/09 10:00:00
人は様々なルールを守りながら生活している。
窮屈なルールもあれば、自然と守っているルールもある。
私が一番初めに窮屈と感じたルールは門限だった。
小さい頃の門限は17時ぐらいだったと思う。
「遊びが仕事」といわれる子供にとって、17時までしか遊べないのはとても不満だった。
ただ、門限が早めに設定されているのにも理由があって、
街灯が少ないので夜になると、本当に真っ暗になってしまう。
冬頃になると、夕方でも足元のサッカーボールも見えなくなってしまう事があった。
弱い子供にとって、暗闇は危険が一杯なので仕方が無いルールだったのかもしれない。
次に窮屈だと感じたルールは、中学校の校則やら定期試験だった。
これらのルールも、集団行動をするのに必要だったり、勉強の動機付けの為にあったのかなと思う。
そんなこんなで、未熟な私達は様々なルールを守る事で、窮屈だけど安全に成長してこれた。
そして、就職活動を始めた時に感じたのは、今までの生活ではあんまり意識できなかった「自由」だった。
就職活動は、エントリー・会社説明会・試験・面接・内定…と、一見するとルールがガチガチだと感じるかもしれない。
でも実際は、どんな仕事をするかを決めるのも自由だし、会社に就職するのも、会社を作るのも、どっかに弟子入りするもの自由。
会社に入社するのにも、インターンやアルバイトとして働いてみてから決めるのも自由。
実際私は、大学生の時にこの会社でアルバイトしてから入社しました。
社会人になってみて感じるのは、自由と自己責任。
2006/11/08 10:00:00
子供の頃に「好きなことを仕事にしない方が良い」という話しを、何度か聞かされた事がある。
そういった話を聞くたび、なんとも言えない絶望感を感じていた。
というのも、私は、好きなもの以外にはまったく興味を持てない性格でした。
反対に、好きになって興味を持ったことには、トコトン夢中になってしまいます。
小学校時代を思い出すと、「理科」とか「算数」は、新学期になって新しい教科書を貰うと、中身を一通り確認してウキウキしていました。
興味を持てない「社会」の教科書は、偉人の肖像画に落書きして髭を生やしたりするぐらいにしか使っていませんでした。
人物名や年号なんかは、自分でもビックリするぐらい覚えられません。
誰かが勝手に考えた人物名やイベントの日付なんかを覚えても、その時代の人がどんな生活をしていたのかは連想できない。
そう思って興味を持てないでいたのが、覚えられない原因だったのかも。
理科や算数は、原理を一つ覚えるだけで色んな問題が解けるようになっていくのが大好きだった。
話が脱線したけど、結局、私は好きなことを仕事にしている。
子供の頃忠告してくれた大人の人は、「仕事では、全て自分の思い通りに出来るわけじゃないし、辛いこともあるから、好きなことが段々と嫌いになってくよ。」と言ってた気がする。
でも、本当に好きなことがあれば、それを仕事にしないのは勿体無いし、少々の事で嫌いになんてならないと思う。
むしろ、大人になっても仕事として好きなことを続ける事で、より高い所にいけるんじゃないかな。
おじいちゃんになっても、楽しみながら何かを作っている自信はある。

いろんな事を学んだ母校。 今は廃校になって、デジタルなんとか大学というのが入っているらしい。
2006/11/07 10:00:00
私が生れ育ったのは、多摩ニュータウンと言われているところでした。
もともと山だったところを無理矢理造成して作った宅地で、ジブリ映画「平成狸合戦ぽんぽこ」の舞台にもなったらしい。
そんなところなので、家の周囲には元々の自然が一杯で、人工的な物は団地と公園と学校ぐらいしかありません。
それでも遊び場に困ることは無く、毎日ワイワイやっていたと思う。
幼稚園に通うようになるまでは、家から徒歩30秒ぐらいにある小さな公園が主な活動場所でした。
この公園は 15メートル x 20メートル ぐらいの大きさしかない、いわゆる"団地備え付け"公園なんですが、色々と楽しめるんです。
遊具は、鉄棒・ブランコ・砂場・ベンチ・ゴミ箱・フェンスというシンプル構成ですが、近所のガキんちょ達と毎日のように新しい遊びを開発してました。
一時期夢中になって遊んだのが砂場でのトライアスロン。
まずは、皆で砂場にコースを作ります。コースといっても幅10センチぐらいのミゾやトンネルで、全長も3メートルぐらい。
満足がいくコースが完成したら、公園に生息している生物を捕獲します。
そして、そいつらをスタートラインに配置して競争させるという、男の子が好きそうな遊びです。
公園には様々な生物が生息しているんですが、団子虫とカナヘビが人気選手でした。
まれに、アオダイショウの赤ちゃんヘビが出没してトライアスロンに参加する事もあるんですが、食物連鎖の上の方に位置しているだけあって、良い走をしていたのを覚えています。
2006/11/06 10:00:00
まずは自己紹介を。
私は去年の4月に入社して、オープンプロダクト開発部 Zope/CMS課というところで働いています。
どんなところかと言うと、オープンソース技術を基礎技術に利用したオーダーメイド開発やパッケージ開発を行う部署です。
うちの課は「Zope/CMS」というヘンテコな名前からも想像できるように、「オープンソース技術であるZopeを利用して、CMSを構築・提供する。」を中心業務としています。
CMSとは、乱暴に言うと「Webブラウザ上からナニかを登録したり公開したりできるシステム」の事で、今見ているブログも広い意味ではCMSと言えます。
ブログではナニの部分がブログ記事だったりブログを書くユーザになります。
そして、このナニの部分は、お客さんによって変ってきます。
セミナー情報・製品情報・メルマガ 他にも様々です。
そこで、Zopeという土台を利用すると…。話が長くなるので、ここらへんで止めておきます。
「執筆者一覧」では、出身地が秋田になっていますが、実際は東京の端っこで生れ育ちました。
小さい頃から物を作ったり、何かを分解して仕組みを調べるのが大好きで、今やってる開発の仕事は天職だと思っています。
なぜなら、子供の頃に毎日感じていたワクワクを感じる事ができるんです。
私のモノ作りの原点は、東京にしては自然が多く、森の中で自由に秘密基地を作れた幼少時代の環境にあるのかも。
という事で、明日は子供の頃に楽しんでいた事を書こうと思います。
毎日のように遊んでいた公園。徒歩1分だけどヘビと蚊が多い。
2006/11/02 10:00:00
中国と言っても、私が行ったことがあるのは海口・北京・上海だけで、中国のほんの一部しか見ていません。
私がもっとも長く滞在したのは中国最南端の海南省にある海口です。海南省は中国の沖縄という位置づけで、観光シーズンになると大勢の中国人が全国から押し寄せてきます。
そんな中国のはずれにある海口の海南師範大学で私が3ヶ月強北京語を習いました。海口の留学生の殆どが海南大学という大学に集中しており、海南師範大学には10数人の留学生しかいませんでした。それゆえにそれぞれのクラスが非常に小さく、殆どプライベートレッスン状態でした。留学生は日本人が最も多く、他にはロシア・フィンランド・アメリカ・タイの留学生がいました。
キャンパスには付属中学校・幼稚園があり、地元の人が近道として使ったりしますので、日本では考えられない賑やかさです。また停電になるのも、大雨で洪水になるのも、部屋のインターネット工事が数週間かかるのも当たり前ですので、気にしませんこと。私でも簡単には慣れませんでしたが、住めば住むほどおおらかになり、ストレスも感じなくなります。
中国なら以下のような体験は日常茶飯事ですので、日本の常識は忘れた方がいいでしょう・・・
- バスが前の車にぶつかってしまう→バスの運転手は死傷者がいないことだけを確認し逃走開始
- バスのタイヤがパンク→バスの運転手はとりあえずかまいなし、ちょっとしたら乗客を乗せたまま30分くらい修理工場でタイヤ交換
- 道端でパイナップル売りからパナップルを購入→パイナップルは砂糖水に浸したしたほうがいいと言いながら、パイナップルが蝿の浮いている砂糖水に入れられて渡される
留学生の寮で撮った写真です。気候が温暖なのでお年寄りも中国語を習いに来ていました。
2006/11/01 10:00:00
2005年の秋、私は台湾へ語学留学に行って4ヶ月半くらい北京語を習いました。この写真(35歳以上の中年男向けの雑誌の広告)でも解るように、台湾は日本の影響が相変わらず大きいです。
植民地時代に日本語教育を受けたおばあさんから、Kattunが好きな高校生まで、日本となんらか関係がある人は多いです。
台湾に住んだときの大家さんのお母さんが日本語教育を受けた一人で、台湾人ながら非常に流暢で日本人の老人と変わらない日本語を話していました。
台湾は100チャンネルを越えるケーブルテレビが当たり前で、株チャンネル・仏教チャンネル・ハリウッド映画チャンネル・ニュースチャンネル・各民族チャンネルなどどんなマイナーなターゲットにも自分のチャンネルがあります。勿論日本語のチャンネルもあります。NHKのほか、3チャンネルが連ドラ(10年前の懐かしいものもあったりします)、グルメ番組、バラエティ、そしてなぜか毎日「リフォームBefore After」をやっていました。スカパみたいにチャンネルごと高い購読料が発生するわけでもないですので、日本で見れないMTVとアメリカのチャンネルも結構見ていました。
それでは台湾で気に入った場所をちょっとだけ紹介したいと思います。
- 夜市
数十円程度で、あらゆる小吃(その地方の名物)が食べられますし、日本人観光客行きつけのふかひれレストランなどより何倍か美味しくて、本格的な中国料理です。
- eslite書店(誠品書店)
中国語(繁体字・簡体字)、日本語、英語など世界中の本・CDが豊富にあり、東京の大型書店にも引けを取らない規模です。24時間開いており、「座り読み」OKです。
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