こんにちは。今週ブログを担当致します、シュウカイドウです。
まずは自己紹介をします。
自分は大阪万博の頃、東京は世田谷で生まれました。
自宅は自由が丘から徒歩5分の場所でした。
田園調布の病院で、標準サイズで生まれました。
と、ここまで書くと金持ちっぽいんですが、とんでもない。
家は当時で築20年くらいの社員寮でした。
戦後すぐに建築されたものと思われます。
風呂無し・共同洗面所・洗濯機は専用だけど共有エリアに
ずらっと置いてあって、マッチ1本で全焼しそうな木造建築。
「踏んではいけない床」や、「体重をかけてはいけない手すり」
「青大将(ヘビ))が住んでいる物置」など、
数々のミステリーゾーンがある家でした。
また、当時の自由が丘はオシャレとは程遠く、
パチンコ屋、ラーメン屋、大人しか入れない映画館、
キャバレーなどがあってちょっとガラの悪い町でした。
同級生は皆お金持ちばかりでしたが、卑屈になる事もなく、
ごく普通に10歳まで過ごしました。
ごく普通の生活でなくなったのは、小学校4年生の時でした。
続きはまた明日です。
最後までお読み頂きありがとうございます。